葬儀用語辞典 - さくら葬祭 - Page 10

葬儀用語辞典

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さくら葬祭葬儀用語辞典

樹木葬(じゅもくそう)は、墓石ではなく墓碑として樹木を指定した葬儀の仕方。

 

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

成仏 (じょうぶつ)

成仏(じょうぶつ)は、仏教用語で、悟りを開いて仏陀になることを指す。成仏への捉え方は宗派によって異なる。

 

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水葬 (すいそう)

水葬(すいそう)は葬儀方法の一種で、遺体を海や川に沈めるやり方である。火葬などの処置はしない。

 

水葬が行われるのは、 インドのガンジス川流域等(宗教上の理由)。 洋上での死者(軍民問わず)や、上陸戦での犠牲者に対して(遺体搬送が困難な場合。世界的に行われている)。 軍隊(儀仗兵による儀式の後、一旦国旗を被せ、滑り台により海中に投下)。 などである。

 

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生前葬(せいぜんそう)とは、存命している人物が自分自身の葬儀をおこなうこと。

 

自らの生があるうちに縁のある人やお世話になった人を招いてお別れと礼を述べるために行なう人が多い。また、本来出席できないはずの自分の葬儀に喪主として参加することができるため、思い通りのやり方でおこなうことができる。そのため多くは、無宗教であったり、音楽やスライドなどを多用した明るい葬儀であったり、一般の葬儀とは異なるイベント的な葬儀となる。形式はカラオケ大会から立食パーティー、また、自費出版の自分史を配るなど、様々。 しかし、本人が本当に亡くなった後も、遺族により再び葬儀がおこなわれることもままある。 日本では交際範囲の広い知識人が、自らの社会的活動の終止を告知する機会として開催することが多い。

 

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

洗骨 (せんこつ)

洗骨(せんこつ)とは、一度土葬あるいは風葬などを行った後に、死者の骨を海水や酒などで洗い、再度埋葬する葬制である。東南アジアや、日本では沖縄県や鹿児島県奄美諸島に、かかる風習が存在するとされる。沖縄諸島では「シンクチ(洗骨)」といい、奄美諸島では「カイソウ(改葬)」と称する。

 

かつての、よく見られる葬制であった。琉球王国の王室は、戦前まで洗骨を経て埋葬されていたことが、記録に残っている。 洗骨という儀式において、実際に骨を洗うという行為は、親族の女性がすべきものとされた。しかし衛生的に問題があるうえ、肉親の遺体を洗うという過酷な風習であるがゆえに、沖縄県の女性解放運動の一環として火葬場での火葬が推奨され、また保健所の指導により、沖縄本島では戦後消滅したとされる。しかし一部の離島ではまだ現存しており、年配の人の中にはこうした形での葬儀を望む人も多いといわれる。

 

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葬儀 (そうぎ)

葬儀(そうぎ)、葬式(そうしき)とは、人の死を弔うために行われる祭儀、葬制の一部である。

 

葬儀の様式にはそれを行う人たちの死生観、宗教観が深く関っており、宗教の違いがそのまま葬式の様式の違いになる。また葬儀は故人のためだけでなく、残されたもののために行われるという意味合いも強くある。残された人々が人の死をいかに心の中で受け止め、位置付け、そして処理するか、これを行うための援助となる儀式が葬儀である。その意味で葬儀は、宗教が文明に発生する以前の旧石器時代から行われてきていた宗教的行為であるといえる。ただし、日本の葬儀で連想される仏教との結びつきは、日本(アイヌや琉球を除く)独特のものであり、その他の仏教国では、僧侶は葬礼に直接関与しない。中世前期に律僧や時衆が庶民の仏教典礼として促進したことにはじまり、定着をみたのは、寺請制度のできた江戸時代からと言われている。

 

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葬式 (そうしき)

葬儀(そうぎ)、葬式(そうしき)とは、人の死を弔うために行われる祭儀、葬制の一部である。

 

葬儀の様式にはそれを行う人たちの死生観、宗教観が深く関っており、宗教の違いがそのまま葬式の様式の違いになる。また葬儀は故人のためだけでなく、残されたもののために行われるという意味合いも強くある。残された人々が人の死をいかに心の中で受け止め、位置付け、そして処理するか、これを行うための援助となる儀式が葬儀である。その意味で葬儀は、宗教が文明に発生する以前の旧石器時代から行われてきていた宗教的行為であるといえる。ただし、日本の葬儀で連想される仏教との結びつきは、日本(アイヌや琉球を除く)独特のものであり、その他の仏教国では、僧侶は葬礼に直接関与しない。中世前期に律僧や時衆が庶民の仏教典礼として促進したことにはじまり、定着をみたのは、寺請制度のできた江戸時代からと言われている。

 

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

葬式仏教(そうしき ぶっきょう)とは、葬式や法事においては仏教の方式で執り行うが、実生活においては仏教の活動・教義とほとんど関わらない脱教条化された仏教。

 

元来の仏教は、葬送儀礼を重視する宗教ではなかった。 釈迦は弟子に死後の遺骸の処置を問われた際に、僧侶は遺骸の供養など考えず真理の追求に専念すべきだ、供養は在家の信者がしてくれる、と答えたとされる。現在も僧侶が、遺体・遺骨・墓石などにタッチしないのはこのためで、江戸時代から明治期には、隠亡と呼ばれる人たちがこうした雑務を行っていた。現在も三十五日、四十九日などの納骨が行われるときには、斎場の職員が寺まで出張して、墓石の開閉や、遺族が遺骨を納めるときの介助などをしてくれることが多い。 しかし、インドから中国へと伝播し民衆へと教化が行われるうちに、漢民族の道教や儒教に由来する先祖供養の民間信仰と習合し、仏教は葬送儀礼をも司るようになった。例えば位牌は、儒教の葬礼に用いられる神主(しんしゅ)が変化されたものだと考えられている。 仏教が日本に伝来したのは6世紀半ばの飛鳥時代のことである。仏教は豪族など上層階級の心を捉え、篤く信仰されるようになった。 平安時代の貴族の葬儀は、仏教寺院で行い僧侶が念仏し墓に卒塔婆を立てるなど、大きく仏教的な影響を受けたものになっていた。 鎌倉時代には庶民層にも仏教が広まり、庶民のあいだにも仏式の葬儀が行われる例が見られるようになる。 日本仏教が葬式仏教へと向かう大きな転機は、江戸時代前期に幕府が定めた檀家制度である。 檀家制度は、民衆はいずれかの寺院を菩提寺としてその檀家となる事を義務づけるものであり、 キリスト教や不受不施派を禁制として、信徒に対し改宗を強制した。それに抗して一部の者は「隠れ」となることを強いられる。 それまでの民衆の葬式は一般に村社会が執り行うものであったが、檀家制度以降、僧侶による葬式が一般化した。 また、檀家制度は、寺院に一定の信徒と収入を保証する一方で、他宗派の信徒への布教や新しい寺院の建立を禁止した。 このことにより、各寺院は布教の機会と必要を同時に無くし、自らの檀家の葬儀や法事を営み定期的に収入を得るばかりの、 変化のない生活に安住するようになっていった。 また、日本の多くの寺院が、事実上世襲となっていることも葬式仏教化へと拍車をかけている。 近年、このような葬儀や法事に依存した日本仏教の状況を批判する意味で、葬式仏教という言葉が使われるようになった。 仏教界内部からもこの状況を反省し改めるべきだとする活動が様々に行われている。伝統的な宗派に属する寺院でも、不登校の問題や自殺防止などに取り組んだり、宗教家の立場で人々の相談に乗ったるする寺院など、人々の心の問題に取り組もうとする動きが伝統的な仏教界にも見られている。また、葬式仏教的な現状に飽き足らない人々の中には、既成の宗派の枠やしきたりを超えた活動や、アジア諸国など海外の仏教に目を向ける人々もいる。 また、近年では、過疎化などの進展で地域だけで葬儀が遂行できないこと、逆に都市化やライフスタイルの変化、葬儀のあり方の多様化などにより、「葬式仏教すら成り立たない」寺院も存在する。 一方、葬式仏教が仏教本来の非原理主義思想を体現しているとして肯定的にとらえる見方もある。

 

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葬制 (そうせい)

葬制(そうせい)とは、人間の死にまつわる習慣や慣習のこと。狭義には遺体処理の儀礼を指すが、広義には死後の宗教的儀礼の方法や墓制度なども含まれる。遺体処理については火葬、土葬、埋葬、鳥葬、風葬、洗骨葬の他に水葬などの遺体放棄などに分けられる。

 

死の訪れ方、自然死と不慮の死の違いで葬制に変化がみられる場合もある。これは死者及び死者の魂をどのように考えているのかの問題であるとされている。死者の霊が災いをもたらすという恐怖があるのか、思慕の情なのか、守護を与えてくれる存在とみるか、によって葬制は変わる場合もある。伝統社会においてはその傾向が顕著であった。 葬制については、その構造と社会的機能が主な研究対象となっている。伝統的社会において死は個人の人格の消滅をもたらすばかりではなく、時には情緒的な不安定や社会の混乱をもたらすこともあった。こういった混乱を取り除き、再度秩序をもたらすという社会的な意味が、社会制度としての葬制に求められた。 葬制は宗教と密接な関係をもち様々な死生観を生む要因ともなった。伝統社会にあっては権力者が権力の正当性と永続性をもとめ、葬制を管理する例がみられる。

 

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戒名 (かいみょう)

戒名(かいみょう)は、仏教において、仏門に入った証し、戒律を守るしるしとして与えられる名前。上座部仏教と大乗仏教の両方で行われており、多くの場合、出家修道者に対して授戒の師僧によって与えられる。上座部では出家後に南伝仏典に残る阿羅漢に変名するため、その意味で法名と呼ぶ。 またそこから転じて、死後に浄土で出家して最終的には仏となる浄土思想にもとづき、死者に戒名を与える風習が生れた。死後の戒名は、特に日本において盛んに行われている。 一般に戒名と呼ばれる事が多いが、浄土真宗では、法名(法名 (浄土真宗)を参照)、日蓮宗系(日蓮正宗を除く)では、法号(ほうごう)が正式な名称である。

 

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